恋愛すると『世界』『人』は本当に変わるのか

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恋愛をすると「毎日が”バラ色”」「人が変わる」「見える世界が変わる」だとか、恋愛なんかしない孤独な人間にとっては妄言にしか聞こえない言葉が多々ある。そのような発言を他人から聞くと、上の画像を見て感じるような、どことなく怪しげで何かに取り憑かれてるんじゃないかといった印象を受けていた。恋愛で世界が、人が変わるとかアホかと。どんだけ自分というものを持ってないんだ、この腑抜けがと。そんなことを恋愛も碌にしたことがない坊やな昔の自分は思っていたわけです。

 

そして時がたち、自分も極僅かながらの恋愛経験を経ることによってわかったことがある。やっぱり変わるもんだわ。ただし、相手に楽しんでもらいたいという心や相手に合わせようとする心を持ちあわせてる場合に限るけど。

 

何が変わったって、量的、感覚的に色が増える。以前だと桜が咲こうが、紅葉が綺麗だろうが知ったことか、自分に何の関係があるんだと思っていたところが、桜が綺麗だから、紅葉が綺麗だからちょっと見に行こうと相手に言われて見に行くようになった。行ったら行ったでそこそこ綺麗なもんで、それ以降毎年桜や紅葉を見に行ったりしちゃってる。昔の自分といえば、とにかくインドアでなるべく外に出ない。街で何かイベントがあっても人混みが嫌いだからなるべく見に行かない。とにかく家でゴロゴロといった感じだ。

 

相手もインドア派ではあるけれど、自分に比べると外出することが多いので、外にでる機会は格段に増えた。外食、買い物、花火、祭り、散歩、特に何するでもなく公園、etc。昔の自分では考えられない。1人では当然行かないし、友人も自分と似たようなのばかりなので友人とも絶対に行かない。今では1人でも行ってみようかと考えるように「人が変わってしまった」あたり、自分も自分というものを持ってない腑抜けだったらしい。

 

これはインドアな自分のケースだけど、アウトドアの人はアウトドアの人なりの変化があるんじゃないかと思う。その変化は自分には一生分かり得ないことだが。

 

というようなことをこの前散歩しながら思ったわけです。そういえば気付かなかったけど、ここ数年なんか色鮮やかになってるなと。荒んでいた頃の自分の生活を思い出すと、なんか灰色がかってるのは気のせいではなく、実際そうだったんじゃないか。外に出る機会が増えたことにより、目に入る色が増えた上に、色を意識するようになったことが原因なんじゃないか。そういう意味では「世界が変わる」というのもあながち嘘でもないのかなと。

 

まだ高校生で地元の花火大会に女の子と行った時、打ち上がる花火に合わせて「リチウム、ナトリウム、カリウム」とつぶやいて嫌な顔をされてた厨二病の雰囲気漂う昔の自分と比べるとかなり進んだ感があるなー。善き哉、善き哉。